2007年05月31日

坂井泉水さんの葬儀、しめやかに

急逝したZARDの坂井泉水さんの葬儀・告別式が昨30日に営まれた。
事務所スタッフも式場に入らず、近親者20人のみの密葬だったそうだ。
坂井泉水さんを見送るにふさわしい、静かで穏やかな式だったのではないかと思う。
戒名は「澄響幸輝信女」。澄んだ声で多くの人を魅了し、輝き続けた坂井さんらしい戒名だ。
どうぞ心安らかに・・・
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070531-00000007-sanspo-ent


再びヒットチャートを急上昇する「Golden Best」
(クリックすると拡大します)

【サンケイスポーツより】
27日に脳挫傷のため死去した人気グループ「ZARD」のボーカル、坂井泉水さん(本名・蒲池幸子、享年40)の葬儀・告別式が30日、東京都町田市内の斎場で密葬としてしめやかに営まれ、近親者約20人が参列した。斎場前には約50人の報道陣が駆けつけ、沿道に集まった熱狂的なファンら約30人が、人を励まし、心の支えになった“歌姫”の旅立ちを悲しげに見送った。

葬儀は午前11時から約1時間。約10人の事務所スタッフも式場には入らず、手伝いだけで参加するなど近親者約20人のみでしめやかに営まれた。

出棺は正午過ぎ。白とピンクの花束が添えられた白い棺の中で眠る坂井さんは親族に付き添われ、斎場外で待つ霊柩車の中へ。両親が「最も輝いていた」と選んだ遺影は、数少ない正面向きのもので、髪を1つに束ねた坂井さんがすまし顔で視線を左にそらしたアーティスト写真。位牌は喪主を務めた父親が大事そうに両手で持ち、遺影は母親が優しく胸に抱いた。両親はじめ親族は終始うつむき、憔悴しきった様子。母親は棺が車内へ収められると、こらえきれずに肩を震わせ涙をこぼした。

出棺の様子を祈るように見守っていたファンも次々と号泣。広島から仕事を休んで駆けつけたという女性(29)は「楽曲にいつも励まされて…」と涙、涙。千葉県市川市在住の主婦(25)も「一番初めに聴いた『負けないで』で励まされてファンになった。ディズニーのマグネットをプレゼントしたら、車の運転席の前部分に飾ってくれていたのを偶然見て…。今思えばいい思い出」と声を詰まらせた。

戒名は「澄響幸輝信女(ちょうきょうこうきしんにょ)」。霊柩車が火葬場へと出発する際には、号泣する女性ファンが「いずみちゃん、ありがとう!!」と大声で呼びかけ、参列者の涙を誘う場面も。惜しまれながら坂井さんは、静かに天国へ旅立っていった。

6月27日に東京・青山葬儀所で「坂井泉水さんを偲ぶ会」が行われる。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070530-00000025-dal-ent
↑坂井泉水さんの遺影の写真があるニュース
タグ:坂井泉水 ZARD
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2007年05月29日

【続々報】素顔の坂井泉水さんは

露出を極限まで抑えるプロモーション手法をとったZARD。坂井泉水さんの人となりも知られてこなかった。
今になって語られる坂井泉水さんはとても魅力的な女性だったようだ。
もっとメディアに出てくれていたらと、実現不可能になった今になって改めて強く思う。
やはり死因について色々な声が聞こえてきた。その中には病院側の管理責任を回避するために言っていることのようにも思えることがある・・・
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070529-00000000-sanspo-ent


数少ない正面からの写真(クリックすると拡大します)

【サンケイスポーツより】
ロックユニット、ZARDの坂井泉水さん(本名・蒲池幸子)が27日午後3時10分、脳挫傷のため、都内の病院で死去した。40歳だった。

素顔をさらさない“覆面歌手”は、最後まで謎を残して天国へと旅だった。

坂井さんは平成3年にロックバンド、ZARDの一員としてデビュー。ただ、作詞とボーカルを務める彼女以外のメンバーは楽曲のたびにかわり、実態はZARDが坂井さんそのものだった。

5年にテレビ朝日系「ミュージックステーション」に出演したのを最後に表舞台に出ることはなく、プロモーションで流れる彼女の姿が“動く坂井泉水”のすべてとなった。謎は謎を呼び「歌手とは別に写真で顔を出すモデルがいる」と影武者説まで飛び交った。

ZARDをはじめ、大黒摩季(37)らビーイング系アーティストはそんなイメージ戦略と、さわやかで口ずさみやすいメロディーで、1990年代に音楽業界に一大旋風を巻き起こした。

特にZARDの歌は、バブル崩壊後の日本を励ました。初ミリオンとなった5年の「負けないで」は翌年センバツ高校野球の入場行進曲となり、球児たちを鼓舞。また「揺れる想い」「きっと忘れない」など恋愛をテーマにした楽曲は、前向きな歌詞と明るい曲調で恋に悩む女性に希望を与えた。

歌手デビューする前は本名の蒲池幸子でレースクイーンとして活動。岡本夏生(41)とともに日清カップヌードルレーシングチームに所属し、写真集を出すほどの人気者になった。しかし、歌手の夢を捨てきれず、ビーイングの門戸をたたき、総帥の長戸大幸氏(59)を認めさせた努力家でもあった。

シングルトップ10獲得数(40作)で女性ボーカル部門1位など数々の金字塔を打ち立て、90年代最高の女性シンガーとうたわれた。が、素顔はシャイで気配りの人だったという。ジャケット写真に横顔が多かったのも、ポーズを取るのが苦手だったからだ。

関係者によると、3年前に初ライブツアーを行った際、スタッフ一人ひとりに声を掛ける気遣いを見せ、後輩の倉木麻衣(24)や愛内里菜(26)が会場へ訪れた際には、わざわざ会って優しく話しかけたという。その人柄は、澄み切った歌声とともに人々の胸に刻まれている。

(補足)
所属事務所ビーイングに掲げられている遺影はこの写真のようだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070528-05273416-jijp-soci.view-001
タグ:坂井泉水 ZARD
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2007年05月28日

【続報】転落死だった。坂井泉水さん

坂井泉水さんの死因は転落死だった。
入院先の慶応病院で。全く知らなかった(たぶん、公表されていなかったと思う)が、昨年子宮けいガンの手術をうけ、先月からは肺に転移したガンの入院治療中だったという。
事務所の発表ではスロープで滑って転落し後頭部を強打したという。
当然、死因については憶測も呼んでいる。
実は、私自身抗ガン剤治療を受けたことがあり、あの辛さは良く理解しているつもりだ。抗ガン治療をすでに1ヶ月以上受けているということは、「生きたい」という強い意志があったのではないか。治療スタッフの献身的な支えのある中で衝動的に飛び降りるようなことはあり得ないように思えるのだが・・・
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070528-00000024-mai-soci


ZARD forever・・・ (クリックすると拡大します)

【毎日新聞より】
 「負けないで」などのヒット曲で知られる人気歌手、ZARD(ザード)の坂井泉水(さかい・いずみ、本名・蒲池幸子=かまち・さちこ)=さん(40)が27日、入院していた東京都新宿区の慶応大病院で脳挫傷のため死去した。病院のスロープから転落したとされ、警視庁四谷署は詳しい状況などを調べている。
 同署によると、26日午前5時40分ごろ、同病院の外に取り付けられたらせん状スロープ下のコンクリート地面に、坂井さんが倒れているのを通行人が見つけた。靴ははいており、ジーンズにTシャツ姿で、27日に死亡が確認された。所属事務所によると、日課にしている散歩から病室に戻る途中で、前日の雨でぬれていたため足を滑らせ約3メートル転落し、後頭部を強打したという。
 事務所によると、坂井さんは昨年6月に子宮けいがんのため摘出手術を受け、入退院を繰り返したが、肺への転移が見つかったため、今年4月に同病院に入院。抗がん治療はうまくいっていたという。秋にアルバムの発売を予定し、3年ぶりのライブツアーも計画中で、病室でスタッフと打ち合わせをしたり、詞を書きためるなど再起を目指していた。
 坂井さんは神奈川県出身で、東京都町田市在住。レースクイーンを経て、91年にZARDのボーカルとして「Good-by My Loneliness」でデビュー。93年の「負けないで」が大ヒットし、94年のセンバツ入場行進曲にも選ばれた。97年のベストアルバム「ZARD BLEND」は累計250万枚を記録。00年の「Get U’re Dream」はNHKシドニー五輪テーマ曲になった。
 99年には高額納税者の長者番付の「歌手」部門で5位にランクイン。「揺れる想い」「君がいない」「Don’t you see」などミリオンセラーを連発し、テレビやラジオなどにほとんど出演しないことでも知られていた。
 事務所は「坂井泉水が数々のヒット曲とともに、いつまでも皆様の心の中に生き続けることを願ってやまない」とコメント。葬儀は密葬で行い、ファン向けの「お別れの会」を予定している。
タグ:ZARD 坂井泉水
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ZRADの坂井泉水死去。脳挫傷で。

ZARDの坂井泉水さんが昨27日に死去。
テレビに出ないコンサートもしない謎のバンドと言われ、一時は坂井泉水は実在しないとまで言われていたが、まさか突然こんな報道に接するとは。
色々なメディアで報道されているが、死因が脳挫傷としか出ていない。
脳挫傷ってどういうことだ?何か事故か事件に巻き込まれたのか?
普通の死因じゃないだろう。続報が気になる。

http://www.sanspo.com/sokuho/0528sokuho019.html
【サンケイスポーツより】
ヒット曲「負けないで」などで知られる人気音楽グループのZARDのボーカル坂井泉水(さかい・いずみ)さんが27日午後3時10分、脳挫傷のため東京都内の病院で死去した。40歳。神奈川県出身。
タグ:ZRAD 坂井泉水
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2007年03月27日

【訃報】植木等さん、「日本一の無責任男」80歳

偉大なコメディアン、植木等が亡くなった。
♪ちょっと一杯のつもりで飲んで〜♪「スーダラ節」好きだったなぁ〜
合掌

【スポーツ報知より】
俳優の植木等さんが27日午前10時41分、都内の病院で呼吸不全のため死去した。80歳だった。所属事務所によると、1997年に肺気腫を患いながらも仕事を続けてきたが、今年1月16日に食欲不振を訴え検査入院。今月8日に一時帰宅したが、翌9日に再入院。2週間前から病状が悪化し、意識が混濁。この日、永眠した。個人の意思を尊重し、告別式・通夜は密葬で行い、開場や時間などは非公開だという。

【朝日新聞より】
コミックバンド「クレージーキャッツ」のメンバーとして「スーダラ節」を大ヒットさせ、高度成長期のサラリーマンの悲哀を笑いに転化させた映画「無責任男」シリーズで知られる俳優の植木等(うえき・ひとし)さんが27日午前10時41分、東京都内の病院で、呼吸不全のため死去した。80歳だった。葬儀は近親者のみで行う。後日、お別れの会を開く予定。喪主は長男廣司(ひろし)さん。
三重県の浄土真宗・常念寺の住職の息子で、小学6年で僧侶の修行のため東京に出る。音楽青年で東洋大卒業後、57年にハナ肇さんが結成した「クレージーキャッツ」に参加。61年にテレビのバラエティー番組「シャボン玉ホリデー」にグループで出演し、「お呼びでない」などのギャグが当たった。

この年、「わかっちゃいるけどやめられねえ」のフレーズで知られる、青島幸男さん作詞の「スーダラ節」が大ヒット。62年の映画「ニッポン無責任時代」(古沢憲吾監督)での「無責任男」は代名詞に。いい加減で底抜けに明るく、要領の良さだけで出世街道をゆくサラリーマンを演じ、時代の寵児(ちょうじ)になった。

70年代後半からは性格俳優に脱皮、85年に黒澤明監督の「乱」に出演。木下恵介監督「新・喜びも悲しみも幾歳月」などの演技で、87年に日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞した。著書に父の生き方を描いた「夢を食いつづけた男」がある。93年に紫綬褒章、99年に勲四等旭日小綬章を受けた。


植木等といえば「無責任男」(クリックで拡大)
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2007年03月19日

【訃報】船越英二さん 「野火」「時間ですよ」・・・

俳優の船越英二さんが亡くなった。TV「時間ですよ」での銭湯の主人役が懐かしい。女将さん役の森光子さんと絶妙のコンビだった。ご冥福をお祈り致します。


女湯のシーンは衝撃的でした


【読売新聞より】
ひょうひょうとした演技で親しまれた俳優の船越英二(ふなこし・えいじ、本名・栄二郎=えいじろう)氏が、17日午後10時57分、脳こうそくのため亡くなった。84歳だった。

 葬儀は近親者のみで行う。連絡先は、長男で俳優の船越英一郎氏が所属する東京都目黒区下目黒1の2の5のホリプロ。

 1947年に大映と専属契約を結び、京マチ子さんや若尾文子さんの相手役を数多く演じた。その後、吉村公三郎監督「夜の蝶」(57年)、市川崑監督「満員電車」(同)、増村保造監督「盲獣」(69年)などで線の細い二枚目から性格俳優へと転身、59年の市川監督「野火」では、キネマ旬報男優賞などを受賞した。
タグ:訃報
posted by 風待 at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 訃報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする